大判例

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東京高等裁判所 昭和31年(う)1355号 判決

被告人 佐野芳夫

〔抄 録〕

論旨第二点について。

公判調書は実体的真実発見のため及び手続の形式的確実性のため重要であるばかりでなく、公判期日における訴訟手続で公判調書に記載されたものは公判調書のみによつてこれを証明することができるのであり、被告人の有罪、無罪を決定する有力な資料となるものであるから、その記載が正確であることを要することは論を俟たないところであると共に、その正確性は裁判所の独断によつて決定されてはならないのである。されば刑事訴訟法第五十一条第一項は検察官、被告人又は弁護人は公判調書の記載の正確性について異議を申し立てることができる旨を規定し、刑事訴訟規則第四十八条は異議の申立があつたときは、申立の年月日及びその要旨を調書に記載し、裁判所書記官がその申立について、裁判長の意見を調書に記載して署名押印し、裁判長が認印しなければならないと規定しているのである。このように公判調書の正確性について異議の申立があつた場合に、その申立の要旨及びその申立についての裁判長の意見を調書に記載することを要するとしたのは公判調書の記載と異議を申し立てた記載の相違する点を明らかにし、公判調書の証明力を判断する際の参考とさせる趣旨と解せられる。論旨は弁護人の公判調書の記載の正確性についての異議申立に対し原審裁判官は「本申立は弁論終結して退廷後に提出せられたもので公判手続の更新の際にも何等異議もなく、列席裁判所書記官補にその点を確めたるも調書には何等錯誤を認むべき点なき趣きにて、その時の裁判官の認印もあり当職としては正確と認めるの外はない」との意見を調書に記載させているが、異議の申立は遅くとも当該審級における最終の公判期日後十四日以内にすれば足りることは刑事訴訟法第五十一条第二項の規定するところであり、公判手続の更新と異議申立とは何等関係なく、また公判手続更新前の裁判官の認印があるからといつて、それは必ずしも公判調書の記載の正確性の担保になるものではない。異議の申立はかかる認印の有無に拘らずこれをなし得る権利であり、更新後の裁判官もかかる認印に拘束されるものではないから、原審裁判官の意見はその方式を欠き刑事訴訟法及び刑事訴訟規則に違反し違法であると主張する。なる程異議の申立は当該審級における最終の公判期日後十四日以内にすれば足り、公判手続の更新後と雖も右期間内である限り更新前の公判調書の記載の正確性について異議の申立をなし得るものであり、更新前の裁判官の認印は公判調書の記載の正確性について更新後の裁判官を拘束するものでないことは所論のとおりであるが、原審裁判官の意見は、本件異議の申立は弁論終結して退廷後に提出されたこと、公判手続の更新の際にも何等異議がなかつたこと及び更新前の裁判官の認印があることを理由として右異議の申立は不適法であると云つているのではなく、原審裁判官としては該公判調書の記載は正確と認めるの外はないという結論を導き出す理由としているに過ぎないのである。惟うに公判手続更新後の裁判官としては更新前の公判における証人の供述を直接聴取したものではないし、該公判調書作成の書記官補の署名押印及び裁判官の認印があり且これを作成した書記官補も誤がないと述べたとすればその記載が明らかな誤記と認められる場合は格別然らざる限りこれを正確と認めるの外はないのである。而して公判調書の記載の正確性に対する異議の申立があつた場合に調書に記載すべき裁判官の意見については、訴訟法上何等の方式がある訳ではなく、またその内容は裁判官の自由な判断によるのであつて、若し異議の申立が理由あると認めるときはその旨の意見を調書に記載せしめると共に調書の訂正又は証人の再尋問等によつてその誤を是正すべく、若しまた異議の申立は理由なく公判調書の記載は正確であると認めその旨の意見を調書に記載せしめた場合においても、これによつてその証明力が特に増強される訳ではなく、その意見は該公判調書の証明力を判断する際の参考となるに過ぎないのである。故に原審裁判官が所論指摘のような意見を調書に記載させたからといつて何等その方式に欠くるところはなく、また刑事訴訟法及び刑事訴訟規則に違反するものということはできない。(尚論旨中刑事訴訟規則第三十八条は刑事訴訟法第一条に違反するとの所論あるも、刑事訴訟規則第三十八条は刑事訴訟法第一条に違反するものではない)論旨は理由がない。

(大塚 渡辺辰 江碕)

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